わるいひと

PCに向かっていたら、付けっ放しにしているテレビから、「後藤健二氏の映像が動画配信サイトにアップされた」というニュースが流れた。
速報のためかどうも要領を得ないが、湯川遥菜氏の画像を持った映像が投稿されたらしい。これは大変なことになったな…とテレビを観ていたら、携帯にLINEの通知が来た。

アッサラームチュニジア南部のサハラの街、メドニンにおります」

ゴウ君からだった。

ゴウ君のことは何度かこのブログでも書いた。高校の同級生で、地元で雑貨屋を営んでいる。
海外の民芸品やアクセサリーなどを取り扱っていて、売っている商品は、全て彼が現地で自ら買い付けたものだ。そのため年に何度か海外に足を運んでいる。行き先もアジア・中東・南米・アフリカと多岐に渡っている(いつもの紹介だ)。彼は数少ない、僕の友達だ。
なんてタイミングだと思いつつ、そう言えば1月末からアフリカに買い付けに行くと年賀状に書いてあったことを思い出した。

なんと返信しようかと思ったが、

「不思議な建築物だね。こういう、歴史的背景が分からないものって、なんか惹かれるな」

と返した。すると、すぐに

ベルベル人のクサールです」

と返信が来た。

さっきの返信にも書いたが、北アフリカの建築物ともなると、何様式であるとか、どの文化の影響を受けているかとか、まったく理解の埒外である。日本の長屋のようにも見えるし、倉庫のようにも見える。*1こういったものを見る機会は普通に過ごしていてはまずないので、素直に感動した。
同時に、そんな場所にいるゴウ君に羨ましさも感じた(勝手なものだ)。しかし、ちょっと我に返り、先ほどの緊急速報のことを思い出した。

「日本人観光客いる?」

と聞いてみた。



「日本人どころか欧米人も全くいない。ジャスミン革命からちょうど4週間、敬遠されているみたいだ」

と返信が来た。なるほど、アラブの春だったっけか。
チュニジアについての知識など僕には全く無いが、ゴウ君にとっては現地の治安にも関わるので、世界情勢を知ることは旅を続けるために必要なことなのだろう。世界を放浪する人間の性もあるだろう。元々旅好きが高じてそれを仕事にしてしまったような男だ。海外など新婚旅行で一度行ったきりの僕には、想像もつかない。

ゴウ君は、「悪い人」だ。
といって悪事を働くとか、性根が曲がっているとか、そういった意味ではない。
他人への影響力が強すぎるのだ。

「そうだよね。今日本では緊急ニュースやってる。後藤さんの動画がアップされたって。」

そう返信した。
すぐに返答があった。

「マジ!イスラム国参加者はチュニジアからが一番多いのでね」

ゴウ君の店は、地元でも人気がある。他にも同様の商品を扱っている店はあるが、卸で入荷している店が多いらしく、高いそうだ。
だがそれよりも、ゴウ君の人好きする人柄が、お客を引き付けるのだ。海外経験豊富で話も面白い。商品のことを聞いてみると、それを買い付けた国の話を面白おかしく話してくれる。今は観光地に店があるが、昔市内の商店街に店を構えていた頃は、中高生のお客も多く、慕われて相談などを受けていたそうだ。僕はそんな話を聞くたびに、「危険だな」といつも思っていた。
ゴウ君のような生き方に憧れる人は多いだろう。組織に縛られず、普通の人なら一生に何度か行くかどうかの海外旅行に毎年のように行き、しかもそれでお金を稼いでいる。海外ではこんなに面白い体験をしている。なんて自由で楽しい仕事だろう!自分も旅が好きだし、やってみたい!
そんなふうに思う人も多いんじゃないだろうか、特に若者には。

「今一番行ってはいけないところじゃないか…。後藤さんの件は、Youtubeに声明が出てたそうだ。まだ真偽は分からないみたいだけど」

ゴウ君に返信した。

チュニジア人は人懐こくていい人ばかりです。ただ急進的なごくごく一部がやっていることなんでね」

しかし、当然だが、ゴウ君のような生き方は誰にでもできるわけではない。海外の生活だって、話に聞く分には面白いかもしれない(もちろんゴウ君も話を選んでしているだろう)、だが、それを仕事にするのは、同じぐらい苦労があるはずだ。パックでガイドつきの快適な旅行をするのとはわけが違うのだ。
だが、それは見えない。なぜなら、(ここが一番厄介だが)ゴウ君はそんなものを苦労だと全く思っていないからだ。
自分が好きなことをしていることの自覚がある。だから旅先で起こったことを何でも笑い飛ばせる。
ゴウ君を見て「自分もああなりたい」と思うのは勝手だ。だが、誰にでもできることではないのだ。

「そうなんだね。君も仕事とはいえ大変だな」

「全く大変と思ってないよ。日々楽しんでおりますので」

「そうか。それが一番だよね」

ゴウ君のような人には、これまでの人生で何人か出会った。自分のカリスマ性に無自覚なタイプだ。そうしようと思っているわけはないが、若者に「ああなりたい」と思わせてしまう。
特にゴウ君のような「引き換えにするものの多い」生き方に若者を憧れさせるのは性質が悪い。それを頭で分かっていても憧れてしまう。
だから彼は悪人なのだ。

ゴウ君から返信が来た。

「今ホテル前警察きた。なんかもめてる。ちょっと行ってくる!」

そう言って(おそらく)ゴウ君は出て行った。苦笑が出た。
なんという自由だろう。こんなふうに見知らぬ国で見知らぬ人たちと僕らの知りえない景色を見ているんだろう。それを思うと、不惑を過ぎて固まってしまった僕の心さえ動揺させる何かを感じた。
やっぱり彼は「悪人」だ。