もらいもの

今日、こんなツイートを見た。

これを読み、僕も思いがけず似たような経験をしたことがあるのを思い出した。

数年前のことである。
当時住んでいたマンション(1階)のベランダで座ってタバコを吸っていたら、通りの向こうを歌いながら歩いてくる人声が聴こえた。
僕は座っていたのでベランダの向こうは見えなかったが、声の感じからしておそらく中高生らしい女の子たち4、5人ぐらいだろう。歌の途中だが、聞き覚えのある曲だ。
…そうだ、「小さな恋の歌」だ、と僕が気がつく間にも女の子たちの歌声はどんどんこちらに近付いて来ていた。

いつしか二人互いに響く 時に激しく 時に切なく

歌声は笑いを含んでいた。僕からも向こうからもお互いは見えなかったが、
おそらく彼女たちは笑顔を見合わせながら、誰が言い出したのか分からないこの即興ライブを楽しんでいるのがよく分かった。

僕はすぐにタバコを消して息をひそめた。全くの不意打ちにどうしていいか分からないでいた。
一生のうちでこんな光景に出くわすことなど、そうそうあるもんじゃない。僕の経験の中ででこんな状況に対する対処法は無かった。
とにかく「歌を止めさせてはいけない」という考えだけが頭に浮かんだ。

誰も居ないと思っているはずのベランダで、くたびれた中年男(彼女たちにとって、一番聴かれたくない存在だろう)が
そんなことを考えているとも知らず、彼女たちの歌はサビに入り、僕の前を通り過ぎていった。

“ほら あなたにとって大事な人ほど すぐそばにいるの
ただ あなたにだけ届いて欲しい 響け恋の歌
ほら ほら ほら 響け恋の歌”

その部分は僕も知っていたので、知らず知らずのうちに心の中で一緒に歌っていた。
声は一際大きく、笑い声は一層明るかった。
彼女たちの一人ひとりの胸には、どんな想いが行き交っているのだろうか。そんなことが頭をよぎった。
そして彼女たちは知っているだろうか、仲間とこんなことをできる時間は意外と短いということを。
いや、そんなことは知らなくてもいいか。現在を生きている彼女たちのような存在は、そんな無粋なことは考えはしないだろう。僕だって当時はそうだった。

歌声は少しずつ遠ざかっていった。僕はほうとため息をついた。頭はまだ切ない余韻に浸っていた。
言わば青春のお裾分けという、突然のプレゼントをもらったようだった。
これが今日僕が思い出したことだ。
あれから何年か経つが、今でもあの時の笑いを含んだ歌声は耳に残っている。