いつもの道を通って家に帰り着くと、アパートの前の駐車場に猫の親子がいた。*1
ぶちの母猫、中くらいの白猫、黒い子猫の三匹だ。
黒猫はたぶんまだ産まれて間も無い。先月くらいからこの辺りで見るようになった。野良猫嫌いの妻は「また猫が増えてたよ」と文句を言っていた。

ぶちと白猫は僕の姿を見るとさっと逃げた。
黒猫は、まだ人間を恐れることを知らないのか、二匹の動きに気が付かずそこにじっとしていた。
僕は、脅かしたら可哀想だな…と思って足音をできるだけ立てずに迂回してアパートに向かった。

先に逃げた白猫は少し離れた所から黒猫を見て、小さな声でニャーと鳴いた。
たぶん、「危ないよ、こっちにおいで」と言っていたんだろう。大きな声で鳴かなかったのは、僕という外敵を刺激しないためだろうか。
黒猫は白猫の声に気が付き、そちらの方にとことこと歩いて行った。それを見てちょっとほっとした。
猫もこうやって学んで、外で生きる術を身に付けるのだろう。

猫だって境遇はさまざまだ。
蝶よ花よで人間に飼われる猫もいれば、この黒猫のように周りの人間に嫌われながら生きる猫もいる。
猫も人のようにそんな己の境遇を呪ったりするだろうか。
それは分からない。
だが、さっきの黒猫がまだ人間を恐怖の対象として理解していなかったように、子猫はまだ、自分が「野良猫である」ということも分かっていないだろう。

生まれつきの野良猫はいない。だがさっきのような経験を積み、いつかは黒猫も自分が野良猫であることに気が付くだろう。
それを嘆いてもどうにもならない。その境遇なりに生き抜くしかない。
そこは猫も人間も同じだ。

じゃあ、またな、と黒猫の後ろ姿に小さく声を掛けて僕もアパートに入った。

*1:本当の親子かどうかは知らない