ありがとう


これは、妹の旦那さんからもらったものだ。前から「何か形見になるものをもらえないか」とお願いしていたのだか、今回一周忌で帰省した際、帰りしなにこれを手渡された。ものづくりが好きだった妹が手作りしたアクセサリーだそうだ。

早いもので妹の死から一年が経とうとしている。一ヶ月、四十九日、三ヶ月、半年、お盆と時間はたゆまず過ぎて行った。当然その先にこの日を迎えることは頭では分かっていたのだが、いつもそれは遠い先のことのように思っていた。僕より若く、そしてもうあの日のまま歳を取ることはない妹を、時間という言わば生活に密接に関係した世界の中で考えることは困難だった。

この一年、周囲の人たちからは常々「(妹の死を)乗り越えろ」と言われてきて、僕はずっとその言葉の意味を考えていた。もちろん言わんとしていることは分かる。周囲に同じ境遇の人がいたら僕もそう声をかけるのかもしれない。だが、いざそれが自分のこととなったとき、どうしていいか分からなかった。愛する人の死を乗り越えるとはどういうことだろうとずっと問い続けていた。だが、分からないながらもそう自分に言い聞かせてきた。

結局、よく分からなかった。何事もなかったようなふりをして無理に明るく振る舞うのも、悲しみに浸って落ち込んで毎日黒い服を着るのも何か違う気がした。
一年かかって見つけた答えは「答えなどない」ということだったのかもしれない。

でも、
それでいいのかもしれないとも思うようにもなった。考え続けたからこそ、少なくとも、「(僕には)よく分からない」ということは分かった。答えを探そうと考えることが、故人を偲ぶことになるのなら、悲しみも懐かしい思い出もひとつにして全部呑み込んでしまえばいいのだ。
だからもう、「乗り越えろ」と自分に言い聞かせることもやめようと思う。一年経とうが、十年経とうが、悲しくなる時はある。たとえばこんな写真を遺品のアルバムで見つけた時だ。


在りし日。未来はすべて君のものだった。そして僕もまだ、ここにいた。

悲しい時は、悲しめばいい。こらえきれなければ涙が出ることもあるだろう。
家族で夕食を食べている時、椅子がひとつ余っていることにふと気がついたら、そこに彼女がいないことを残念に思えばいい。

心がおだやかなら、それもいい。
たまには好きだった泡盛を一緒に飲んでみればいい。

楽しかった時のことを思い出したら、笑ってみてもいい。華やかでエレガントだったウェディングドレスのこと、娘が可愛らしいお仕着せを着ておぼつかない足どりで二人に花束を渡した時のこと、新郎が余興で何杯もビールを飲まされたこと。僕はそんな時間があったことを決して忘れたわけではない。

悲しい時は、悲しめばいい。
僕の携帯にはまだ、父と妹のアドレスが残っている。たぶんこの先何年生きて、携帯を何回変えたとしても、僕はこの、もう決して届かないアドレスを消すことはないだろう。
モノに魂が宿るとはそういうことだ。


どのみち僕らもいつかは逝く。その時にたくさん話ができるよう、できるだけこの世で思い出を作っておこう。
生者にできることは、それだけだ。

僕は、少しは変われただろうか。あの頃も出来損ないの兄ではあったし、今でもそうだ。妹の目に、今の僕はどう映るだろう。
今はそれを聞くのを楽しみにしていよう。


一年かかったよ。でもやっと君に言えるよ。

ありがとう、あっちゃん。