モンドウ×ト×ジンモン

おやつの時間になり、子供とロッテのチョコパイを食べた。6個入りなので、家族3人で2個ずつ食べられる。僕はひとつ取って食べた。
子供を見たら、まだ袋を開けていた。相変わらず子供はチョコパイを開けるとき、必ず袋と一緒にパイの端っこも裂いてしまう。僕はコーヒーを淹れながらそれを見ていた。もう少し指先に力がつけば器用に開けられるのだろう。
コーヒーをテーブルに置いて、子供の向かいに座った。
食べ終わった子供が無聊そうにしていたので「2個ずつ食べられるけど、もうひとつ食べる?」と訊いてみたら「いいよ、明日に取っておく」と言った。
「そっか」と返答し、あることを思いついたので訊いてみた。
「6個入りだと、ママと3人だったら1人何個ずつ食べられる?」
子供は横を向いて少し考え、「2個」と答えた。
「だね。じゃあパパと春と2人だったら何個ずつ食べられる?」
今度はさっきより少し時間がかかった。「3個」
「そうだね」
「3人の時は、3・2が6で、2人の時は、2・3が6だよね」
「うん」
「かけ算だよね」
「うーん、この場合はわり算かな。6個を2人で何個ずつかだから」
「そうか」
「かけ算とわり算は表と裏なんだよ」
「ふーん」
ちょっと興味を失ったようだ。最小公倍数のことを言うのはやめにした。

「夜中にわたしのチョコパイ食べないでね」と子供が唐突に言った。
「そんなことしないよ」多少たじろぎつつ言った。
「いつもわたしのお菓子食べるじゃん」
「いつもじゃないよ」
「何度も食べたじゃん」
「そんなことないよ」
「パパしかいないじゃん」
「ママかもしれないよ」
「ママはそんなことしないよ」
「分からないよ」
「わたしと一緒に夜歯磨きしてるよ」
「その後に食べてまた歯磨きしてるかもしれないじゃないか」
「そんなの意味ないじゃん」(鼻で笑う)

防戦一方である。何度か盗み食いをしたことがあるのは確かなので、言い返す言葉が弱い。
仕方がないので、薄汚い手を使うことにした。

「パパが食べたって証拠はないだろ?」
「パパしかいないでしょ」
「いないかもしれないけど、パパだという証拠はない」
「でもパパなんだよ」

ちょっと言葉が弱くなってきた。

「夜中に起きてるのはパパだけでしょ」
「そうだけど、それでパパが食べたという証拠にはならないよ」
「でもママとわたしは寝てるよ」
「確かに起きてるのはパパだけだ」
「でしょ?」
「でもそれと“パパが食べた”ということは違うよ」
「そんなことないよ。起きてるのはパパだけだってパパが今言ったじゃん」

まずい。
ここは推定無罪の原則で逃げ切るしかない。

「確かに夜に起きているのはパパだけだから、パパが食べたように見えるかもしれないけど、それは「状況証拠」と言って、証拠としては弱いよ。日本では“やったように見える”だけでは犯人にはならないんだよ。物とか“パパが食べてるのを見た”とか言う証人とか証拠を見つけて、“この人がやった”と誰でもわかるようにしないと」
「うーん」
明らかに納得していないようだ(当たり前だが)。でもさすがにコナンを毎週観ているだけあって、証拠という言葉は理解しているようだった。

もはや何の話をしていたのか分からなくなってきた。むきになっていたわけではなく会話が面白かったので続けていたが、さすがに意地悪だなと思って、「まあ、確かにパパが食べたんだけどね」と言って笑って話を終わらせようとしたのだ。
したのだが、次の子供の言葉でそれがひっくり返った。

「パパとわたしでは袋の開け方が違うよね」

袋を見た。
娘の袋は、縦に裂かれている。
僕の袋は、上部を「ひらいて」開けてあった
負けた、と思った。

「ママもわたしみたいに開けるよ。じゃあ次にチョコパイがなくなっていたら、ゴミ箱みて袋を見ればいいね」

証拠としてどうこうではなく、僕も気がつかなかったその点に気がついたということに素直に脱帽することにした。
「…パパの負けです…」
「じゃあもう夜中にこっそり私のお菓子食べるのやめてね」
「はい」
「今まで食べたぶんも返してね」
「はい」

完全に負けた。
どうかその洞察力のまま大きくなってくれ。